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へべれけ

ゲームとDTMと本と煙草と酒と泪と男と女

絶望の国で未来は自分の手で掴みとれ -アサウラ 「デスニードラウンド ラウンド1」-

書評

ドナルドマジック ロナウダマジックス!

血と銃弾と笑顔の耐えない日常ものライトノベル(語弊有り)

政治機能の低下で北海道が独立、栃木と群馬が抗争を続けているという日本が舞台。主人公のユリは蒸発した両親の借金のカタに働くことになるが、春や臓器を売ることを拒んだ先には傭兵という食い扶持しかなかった。
ユリは物語開始前から随分と苦役を強いられている。
そんなこんなでユリは拾ってもらった松倉といったベテランたちとともに、傭兵稼業で糊口を凌いでいくことになる。

この時点で今の主流のラノベから比べてだいぶキてる。
で、ここまでなら「ハードな世界観」で済むのだが、1巻であるラウンド1でのターゲットは、超有名ハンバーガーチェーンのマスコットキャラ、ロナウダ・ワックマインド。どう見てもドナルド・マクドナルドです。本当にありがとうございました。

悪夢と絶望の国

とまぁこんな具合でターゲットがどこかで見たことあるような連中という、悪ふざけの極限にまで挑戦している。そもそもタイトルからして舞浜のテーマパークから持ってきているし。あとがきで「弁護士から云々かんぬん」とまである始末だ。
1巻である「ラウンド1」の内容はハンバーガーチェーン「ワック・マインド」のマスコットキャラ、「ロナウダ」を抹殺する任務を遂行するといったところ。ただのマスコットキャラに見えた連中は実はとんでもないフリークスどもだった……といった具合。
ちなみにワックの警備用店員(こいつらもフリークス)が仕様する銃がMAC-10という露骨さ。
そして、ロナウダが使うPCもMacという徹底っぷり。
ちなみにこのMAC-10だが、イングラムM10という正式名称があるにも関わらず、MACと表記しているのは絶対わざとだこれ。

「ラウンド2」ではどうみてもピー○ポ君な「P君」が相手となる。表向きは警察の広報用マスコットなのだが、実は搭乗者をもとり殺すとんでもなくヤバいパワードスーツだったりする。しかも警察庁のフル支援付きだったりするのだから、作中の警察という組織のヤバさも現れている。
最終巻である「ラウンド3」では真打ち登場とばかりに「デスニードラウンド」のマスコット「ニッティー・ザ・モルモット」がターゲットとなる。いやミッキ○ーじゃん。ハハッ! タイトルでもあるこの「デスニードラウンド」、表向きは某浦安っぽいテーマパークではあるのだが、その裏で非合法の会員制クラブを設けて夜毎、デスニードラウンドの来場客を特別に「ご招待」しては輪姦するわ、傷めつけて殺すわで嬲り尽くしていく様を会員客たちが眺めて愉しむ有様だ。

そしてデスニードラウンドの設定は、実験に用いられるモルモットが、飼育ケースの中の車輪を回しながら見る夢の世界、ということらしい。こういうのゾクゾクしてくる。

余談だけど、ちょい役で「ふなむっしー」や傭兵兄弟の「ヤン」と「マー」なんて連中も出てくる。

絶望の国は「デスニードラウンド」の中だけなのか

ユリは次第に傭兵たちの松倉たちに対して仲間意識を持ち始めるが、戦場は何処までも無慈悲だ。ユリが抱きはじめた希望は、松倉たちが背負う現実にあっさりと押し潰される。十代の女の子に突き付けるには松倉たちの厳しさは、あまりに酷いものに映る。
その中でユリは膝を折り、ゲロったり、泣き喚いたりと、みっともない姿を晒しながらライフルを抱えて立ち上がる。
悪ふざけ、下種、下品、下劣、カニバリズム、フリークス、ナンセンス極まりない世界観ではあるが、その骨子は理不尽な絶望と暴力と支配への反逆だ。
銃弾を2,3発くれてやっても死なないロナウダたちはまさしく化物であり、道理の通らない理不尽の権化だ。そいつらをどうやって倒すか、それは知恵であったり勇気であったり、あるいはこちらも銃という理不尽と暴力をぶつけていくしかないということ、社会性やコミュニケーション能力以前の、もっとプリミティブな面をユリは身体で学んでいく。

まあ現実にも近いところはあると思うしね。デスニードラウンドの元ネタであるテーマパークの運営元は労働者たちの賃金問題で絶賛炎上中だし、警察はまともに仕事しねーし、ハンバーガ屋はトップがアレだし。
全ては上に立つ人間の現場乖離な考え方がもたらしたものであり、それによって作中では北海道が独立し各地で抗争が起きている始末だ。現実を見ればコメンテーターがアホなこと言ってると思ったら、政治屋どもは寝言ぬかしてる。そんな連中を食わせるために俺たちは日々あくせく心を削って身体を痛めて働く様は、モルモットが車輪を回しているようなものなのだろう。
そんな状況をぶち破り通用するものといったら、作中においても、現実においても、やはり何かしらの力が必要だ。経済力であったり暴力であったり権力であったり。悪を打ち破るには悪を用いるしかないし、善意など何かしらの力で裏付けられて保証された世界でしか通じない。その裏付けをする力もまた何かしらの悪でしかない。そして運の良いことに、現実の日本では銃をぶっ放すことはできない。力を示すには七面倒臭い方法しかない。
誰かが喜ぶ時、別の誰かが割を食うように。ロナウダたちフリークス側にも悲哀はあり、味方側の松倉たちは笑いながらそれを撃つ。
ユリがそうやって自らの手を血で濡らして勝ち取った未来は決して輝かしいものなんかじゃない。絶望の国の中にはハッピーエンドなど存在せず、勝ち取った未来を今の糧にして、また新たな未来を勝ち取り続けなければならない。ユリのどうしようもない状況を救ってくれるような松岡禎丞ボイスの似合うラノベ主人公など存在しない。
ユリが生きているのは、紛れも無く悲しいくらいにどうしようもない現実に過ぎないのだから。だから絶望の中をひたすら泳いでいくしかない。絶望だけど、それが日常なのだから。

元々、メディアミックスとか考えずサクッっと終わらせるつもりだったようで、3巻で完結されている。むしろアニメにしてほしい。
昨今の主流であるハーレムでもラブコメでもないし、主人公が無双する話でもない。露悪的なパロディを全面に押し出しているようでその実主人公を徹底的に痛めつけてるような内容なので人は選ぶ。ただ、今のハーレム、ラブコメ、学園モノに食傷気味だったら良くも悪くもインパクトはある。むしろ「スーサイドスクワッド」とかアメコミの悪役キャラが好きな人はこの作品も好きになれる。

あと、「ベン・トー」を書いていただけあって食事描写も細やかで秀逸。その分、フリークスたちのカニバリズム描写が対比となってより際立つことになるが。

デスニードラウンド ラウンド1 (オーバーラップ文庫)

デスニードラウンド ラウンド1 (オーバーラップ文庫)